「バブル期そだち」第3回 須藤元気(1978年3月8日生まれ)その2

氷河期世代でもあるポスト団塊ジュニア(1975年4月~1980年3月末生まれ)のあの人に、子供として過ごした1986年から1991年頃までの日本が好景気に沸いていたいわゆるバブル時代について、同世代が聞くインタビュー連載。第3回は格闘家としてデビューし、引退後は作家、ミュージシャンなど活動の幅を広げ、2014年1月からは在籍するWORLD ORDERの初の全国ツアーを控えた須藤元気さんです。
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<プロフィール>
1978年3月8日、東京都生まれ。1998年4月に渡米し、ロサンゼルスのビバリーヒルズ柔術クラブで修行を積み、1999年8月の帰国後、逆輸入ファイターとして格闘家プロデビュー。「変幻自在のトリックスター」のニックネームで人気を博す傍ら、映画出演や著書を出版。2006年末の現役引退後は、世界学生レスリング日本代表監督、拓殖大学レスリング部監督、作家、タレント、俳優、パフォーマンスユニット「WORLD ORDER」を率いるミュージシャンなど、活動範囲は多岐に渡る。2014年1月からはWORLD ORDERとして初の全国ツアーを実施。近著に『やりたい事をすべてやる方法』(幻冬舎)。


1978年生まれと言えば『ファミコン』世代のど真ん中。『ファミコン』誕生から『ゲームボーイ』、『スーパーファミコン』……。しかし、あまりにもゲームをやりすぎた須藤さんに過酷な試練が襲い掛かる!? 一体ゲーム好きの少年に何が起きたのか?

―我々は『ファミコン』世代と言われますが、やはりゲームにもハマってたんですか?

それはもう当然。『ファミコン』や『ゲームボーイ』も、普通に「マリオ」から入って。一方で父が『がんばれ元気』好きなんで、ボクシングジムにも通ってたんですけど、『ファミコン』のやりすぎで目が悪くなってしまって。ボクサーって視力が悪いとプロテスト受けられなくて、それでボクサーの夢を諦めたんですよ。ものすごくショックでしたね。

―ゲームがなかったら、もしかしてプロボクサーになっていたかもしれないと?

間違いなくそうですね。でも『ゲームボーイ』は本当に衝撃でした。それまで携帯型ゲーム機は『ゲーム&ウォッチ』しか知らなかったんですが、本体にカセットを入れ替えられていろんなゲームができるなんて。『魔界塔士Sa・Ga』をやりすぎましたよ(笑)。
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―自宅で一人で遊んでいたんですか?

小さい頃はそうでしたが、ボクサーの夢が断念されたことが本当にショックで『ファミコン』はやめたんです。でも中学に上がってからはゲーセンに通ってました。脱衣麻雀で興奮してましたね(笑)。

―ゲーセンではやはり『ストII』を?

『ストII』ではよくブランカを使ってました。あの独特の動きが好きで。

―格ゲーブームはすごかったですよね。

『バーチャファイター』は衝撃でしたね。何だこれー! 人が平面じゃない! これがポリゴンか!って。今でも近所のゲーセンに初めて『バーチャファイター』が来た日を覚えてる。

―見た目も驚きでしたが、動きというかパンチにも重みがありましたよね。

重力というか、二次元のペラペラなやつじゃなくて、技の一つ一つに重みがある感じ。テクノロジーもここまで来たか! って興奮した。あと舞台から落ちたら負けってのも衝撃で。

―天下一武道会みたいでしたよね(笑)。

舞台の端から足を踏み外すとリングアウトで負けって! こんな低いところでも落ちたら負けっていうルールは斬新でした。逆にうまくやれば、強いやつにもこのルールで勝てるってのを学んだし。

―それって後の格闘家時代にもいきてますね。

ダメージを最小限に抑えて相手に勝つとか、リアルな格闘技でも取り入れましたよ。でもこの『バーチャファイター』があまりに人気すぎて、『ストII』をやる人がいなくなって、とあるゲーセンでは設定を変えて波動拳が出やすくなる台が出現したくらいです(笑)。

―うらやましい台ですね(笑)。

僕らの間では裏ゲーセンって呼んでた店にありました。波動拳がめっちゃ連発されるんですよ。ほかにもソニックブームを連発できて、画面全部がソニックブームに埋め尽くされる(笑)。画面処理が追いつかないぐらい。

―その辺のゲーセンって悪い人がたまったりしないんですか?

まあいましたけど、ちゃんと縄張りがありましたんで。一コ上の先輩はうちらの駄菓子店には来ない。不思議と鉢合わせしないようになってました。猫の縄張りと一緒ですね(笑)。喧嘩にならないように長居しないとか、たむろしないとか。

―それって子供なりの本能なんですかね。

そうですね。社会意識というか、子供にも社会集団の秩序があるんですよ。その感覚って大人になっても有効で、例えば上司のよく行く飲み屋には行かないとか(笑)。

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―中学では学校内での立ち位置といいますか、どんなグループにいたんですか?

一応目立つグループにはいたので、中途半端なグレ方をしてて先生によく殴られましたね。ヤンキーが多い街だったので、先生たちも厳しかったのというのもあるのでしょうが。

―違反ズボンとか履かなかったんですか?

ボンタン、三本ぐらい没収されました(笑)。中学ぐらいまではボンタン履いてましたね。履くだけで先生に殴られ没収されるを繰り返しました。

―僕は兄からもらった『ジョンカーター』を着てましたが、どのメーカーのでした?

メーカー名は覚えてないですが、江東区の大島ってエリアに「ソウマ」っていうヤンキーショップがあって、そこに通ってました。裏地変えたり、裏ボタンとかにこだわりましたよ。

―僕は休み時間だけ履き替えるとかやってました。

標準とボンタンの間のを履いてたけど、それも先生にバレました。学ランは長いヨーランでもなく、短すぎる短ランでもなく、中ラン。

―それって普通の学ランですよね(笑)。

いや、一応ちょっとフォルムが変わってます(笑)。でもほんとに先生が理不尽で、すぐに没収されて。でも世の中には理不尽なことってたくさんあるわけで。自分の力ではどうにもならない理不尽さってのを中学時代に学べたってのは自分にとっても大きいと思う。理不尽な世の中で自分をどうマッピングしていくか、ポジショニングしていくかってのが、重要になるって知りましたから。

その3へつづく。次回更新は12月25日予定です。

インタビュー・文/瀧佐喜登(1977年3月18日生まれ) 人物撮影/森浩輔


Information

WORLD ORDER初の全国ツアー「WORLD ORDER TOUR 2014」開催!

料金:指定席7500円(ドリンク代別) ※未就学児童入場不可
一般発売日:2014年1月11日(土)

<公演スケジュール>※全公演19:00開演
★2014年1月29日(水) Zepp DiverCity(東京)
★2014年1月30日(木) Zepp DiverCity(東京)
★2014年2月4日(火) Zepp Namba(大阪)
★2014年2月5日(水) Zepp Namba(大阪)
★2014年2月14日(金) Zepp Sapporo(北海道)
★2014年2月18日(火) Zepp Nagoya(愛知)
★2014年2月19日(水) Zepp Nagoya(愛知)
★2014年2月25日(火) Zepp Fukuoka(福岡)

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―WORLD ORDERを見て、日本人がこれほどまでにロボットダンスにハマるのが衝撃でした。機械的な動きが日本の象徴でもあり風刺でもあり、絶妙に表現してますよね。

須藤「そうですね。自分の立ち位置を日本の音楽業界に置かなかったところで勝ちだと思ってますね。世界標準で見た時の日本人像ってところでポジショニングを作ったので。僕らがヒップホップやってても絶対に受けない。それで日本と言えばロボット的な動きが良いなって取り入れたんです」

―WORLD ORDERはそれを見ている人の反応だったり、ハプニングだったり、周りの風景も含めての作品だと思うのですが、ライブの時はどんな演出をしているのですか?

須藤「映像とリンクさせたり、武道館ではあえて360度見せたりしてます。YouTubeにも動画が上がってるのでよかったら見てください」
<YouTubeのWORLD ORDER公式チャンネル>
http://www.youtube.com/user/crnaviofficial/featured

―次のツアーではどんな演出をやろうと思ってるのですか?

須藤「まだ全くできてなくて。これから考えます」

―スーツ姿で砂漠を歩いて生還してもらいたいですね。

須藤「それ砂漠のカーリマン(笑)。『MASTERキートン』第1巻ですね」