E3 2015、モーフィアス、そして『MGSV:TPP』

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6月16日〜18日、米国ロサンゼルスで開催された世界最大級のゲームイベント「Electronic Entertainment Expo 2015」(E3 2015)。すでにかなり時間も経ってしまったが、改めて振り返ってみたい。


北米市場では、「PlayStation 4」(以下、「PS4」)と「XBox One」の戦いは非常に拮抗している。E3全体でみれば、両陣営はそれぞれ十分魅力的なソフトを投下しており、ローンチ当初アピールされていた新しい機能の勝負ではなく、コンテンツそのものの勝負が正念場を迎えていることがわかる。国内では、「PlayStation 3」から「PS4」への移行が緩やかながら進んでいる一方、コンシューマーゲームじたいは苦戦を続けているが、実際にロスに来てみると、市場の様子がまったく違うことを改めて実感させられる。世代交代も急速に進んでいる北米では、ゲームといえば「PS4」とXBox Oneなのだ。

昨年のE3は、当時の海外市場での「PS4」の勢いそのままに、欧米制作の大型タイトルが続々と発表された反面、国内制作のゲームの出展に物足りなさを感じたものだが、日本の「PS4」でのゲーム開発も、ようやく軌道に乗ってきた感がある。6月14日に開催された「Sony Computer Entertainment America」(SCEA)のプレスカンファレンスで会場を熱狂させたのは、まさにそんな日本発のゲームの数々だった。

2009年に発表されて以来、さまざまな噂だけが先行していた『人喰いの大鷲トリコ』がいきなり登場して、会場の温度を一気に上げてからは、名作『ファイナルファンタジーVII』のリメイク、そしてなんと『シェンムー3』のクラウドファンディングを活用した制作発表まで、予期せぬ大作の乱れ打ち。それは今年のE3のハイライトシーンでもあった。

カンファレンスのストリーミング中継が一般化したことで「わざわざロスまで行かなくても、日本で中継を観ていたほうがよくわかる」とよく言われる。それはもちろんそうだが、会場が暗転して、モニターに映像が映し出された瞬間の感動、会場全体が沸騰する感じは、現地でしか味わえないもの。ライブというのはそういうものだ。情報を得るためではなく、ゲームの今を体感しに行くのだ。

『人喰いの大鷲トリコ』は完全新作ながら、発表は6年前のこと。『ファイナルファンタジーVII』は18年前、『シェンムー』の前作は14年前の作品。あえていうなら新鮮味は薄いこれらのタイトルが、それでも欧米の強力なタイトル群を凌駕した理由、日本のゲームの強さの秘密は、やはりクリエイターの顔が見えることにあるのではないか。
客席でスポットライトとともに喝采を浴びた『トリコ』の上田文人氏、久し振りにステージに登壇し熱い声援を送られた『シェンムー』の鈴木裕氏。『ファイナルファンタジーVII』も開発スタッフのクレジットに会場が湧いた。

欧米の高精細なゲームがより映画的な表現に近づいている一方で、“あのクリエイターの新作”という評価軸がそこにある、という意味では、むしろ日本のゲームのほうが映画的なのかもしれない。改めて日本のゲームクリエイターを誇らしく思う瞬間でもあった。
いつもならもうひとり、その場にいて喝采を浴びるはずだったクリエイターの姿がなかったこと、いつもとはE3の風景が少しだけ違ったことに、一抹の寂しさも感じながら。

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“ハードの発表がない年のE3”ではあったが、E3会場では新しいVRシステム「Project Morpheus」(以下、モーフィアス)が話題を独占、20タイトル近くにもおよぶコンテンツを試遊することができた。技術デモだけでなく、商品化を前提にしたタイトルもあり、来年の発売に向けて、いよいよ本格的にその姿を現わしてきた。
モーフィアスの魅力を伝えるのは、非常に難しい。文章でも画像でも、映像でさえも、その感覚を表現することができないからだ。
今回のE3では、「PS.Blog」に15タイトルのインプレッションが掲載されているので、ぜひそれを読んでいただきたい。こればっかりは、感想を読んでいただくしかないのだ。読んでいただいても、よくわからないままかもしれないけれど。

●VRシステム“モーフィアスをやってみた!” 15のデモを怒濤のプレイインプレッション!

そのインプレッションの中にもあるが、数多くの出展タイトルの中で、異質な輝きを放っていたのが、カプコンの『バイオハザード』スタッフが手掛けたデモ『KITCHEN』である。
バーチャルな空間で“何かをさせよう”とするデモが並ぶ中、“何もできない”のが『KITCHEN』だった。

画面の中に見える手はゲーム内の設定にあわせたつくりものであり、自分の手ではないことがわかるから、ふつうならそれを見た段階で距離を感じるところだが、このタイトルには見事な工夫があった。古ぼけたキッチンの中で、手首をちょうどコントローラーを握ったくらいの間隔で皮紐のようなもので繋がれ、椅子に縛りつけられた画面の中の自分と、コントローラーを両手で握って椅子に座っているリアルな自分。全く同じポーズをとらされることによって、リアルとバーチャルの境界が消える演出が秀逸だった。
よろけながら紐を切ってくれようとする瀕死の仲間(?)のナイフが危なっかしくて、コントローラーを握り締めた手につい力が入る。手を離せばいいだけのことなんだが、リアルな自分も、いつの間にか見えない紐に縛られている──。

バーチャルな世界に“没入していく”感じよりも、むしろ逆にリアルな空間がバーチャルな世界に覆い尽くされて風景が塗り替えられてしまう感覚。それは、これまでちょっと感じたことのない不思議な手触りだった。VRは没入感で語られがちだが、“入る”ではなく、ただそこに“いる”感じこそが、モーフィアスの本当の凄さなんじゃないか。

とにかくひたすら怖いデモだったが、その“怖さ”はどこからくるのか、というところにモーフィアスを考える糸口がありそうだ。
これまでのゲームは、画面と音の演出で怖さを表現してきたが、いかにリアリティがあったとしても、どこまでいっても目の前のモニターの中だけで起きていること。リアルな自分自身には何も影響がないわけだが、モーフィアスはそのリアルな領域を侵食してくる感じ。そこがこれまでのゲームとの違いだ。一方で、それを実現するのはあくまでもゲーム的な演出でもある。ちょっとした工夫、たとえば『KITCHEN』なら手足を縛る演出、それだけでリアルとバーチャルの壁を超えさせることができてしまうのだ。

モーフィアスは最新の技術の粋を集めたものだが、それをデモではなくエンタテインメントに昇華させるのは、クリエイターによるゲームらしい演出、という当たり前の話である。凄いことはできる、問題は“向こう側”にどうやって辿りつくか。モーフィアスに命を吹き込み、その真価を発揮させるためには、ゲームクリエイターの卓越したアイデアや演出、新しい文法の発見が不可欠だろう。

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会場では、9月2日に発売される『METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN(以下、MGSV:TPP)』のプレイデモを取材することができた。同行したライターによる取材レポートは以下をご覧いただきたい。公式サイトでは日本語音声によるプレイ動画やPVも公開されている。

●『MGSV:TPP』最新デモプレイの模様をレポート

●『METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN』公式サイト

昨今“オープンワールド”をうたったゲームが増えてきたのはテクノロジーの進化の産物だが、ゲームは“どこまで自由に遊ばせるか”という時代に突入している。『MGSV:TPP』はときとしてコンセプトやストーリー、映画的な表現に過剰に焦点が当てられがちだが、一方で非常に丁寧に、親切につくられた“ゲームらしいゲーム”であることが、このプレイデモを見るとよくわかる。バディやフルトン回収という遊ぶための仕組みを駆使しながら、自分で自由に楽しみ方を見つけていくことができる。
ストーリーという大波に呑まれながら、インタラクティブな操作で答えや行き先を見つけていくゲームには、やはり映画とはひと味違った醍醐味がある。


毎年、E3という舞台で日本代表のひとりとして戦ってきたクリエイターがいる。彼の動向を追っていくのが、E3のひとつの楽しみでもあった。今年はSCEAのカンファレンスでもE3会場でも、彼の姿を見ることはできなかった。本来なら、発売を秋に控えたいま、自らの言葉で作品を語り尽してくれたはずなのに。

20年前、ゲーム雑誌を初めてつくったとき、ゲームメーカーにクリエイターのインタビューを申し込んだら、ひどく不思議がられた。元々音楽雑誌の編集者だったから、作品が発売されるときにアーティストに作品を語ってもらうのは当たり前のことだと思っていたが、その当時は特定のスタークリエイター以外、インタビューに答える習慣がなかった。いまではゲーム雑誌にクリエイターのインタビューが掲載されるのはふつうのことになったけれど、当時は当たり前のはずのことが当たり前にできなかった。作品をクリエイター自身に語ってもらうのは当然のことだろうという思いは、いまも変わらない。

昨年のE3では、『MGSV:TPP』のPVに度肝を抜かれた。ゲームを説明することを拒否するかのような怒りに満ちた映像表現は、つくり手の情念の賜物だった。
今年公開されたPVでは、哀感漂うNew Orderの「Elegia」が静かに流れ、ストーリーの断片が散りばめられる中で、淡々と、しかし饒舌にテーマが語られている。その言葉の意味を想像するのは浅薄に過ぎるかもしれないが、『MGSV:TPP』が描こうとしているのは、戦場に限らず普遍的なテーマでもある、ということだ。
このPVで放出される言葉のひとつひとつが、心の底に澱のように沈んでいく。

今年E3で見た風景は、これまでとはちょっと違ったものだったけれど、敬愛するクリエイターへのシンパシーと賞賛の念は、微塵も揺らぐことはない。9月2日を待っている。最大級の期待と感謝の気持ちを込めて。

文/岡村尚正(HYPERプレイステーション創刊編集長)