バウハウス最後の巨匠、マックス・ビルが手掛けた腕時計に至高の機能美を見た

デジタル世代の身の丈に合った腕時計選び

腕時計はなんとなく欲しいけど、何を買っていいのか分からないという読者のために。業界で“ハカセ”と呼ばれる、腕時計ジャーナリスト広田雅将の腕時計選び指南書『デジタル世代の身の丈に合った腕時計選び』。

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時計史に残るデザインウォッチの先駆け

ユンハンスの「マックス・ビル」は、時計マニアも初心者も好き、という不思議な時計である。その初出は1956/’57年。当初は磁器製のキッチンタイマーだったが(ユンハンスはキッチンタイマーでも名声を博していた)、大ヒットを受けて、’59年には壁時計が、’62年には腕時計が追加された。デザイナーは「バウハウス最後の巨匠」と言われるマックス・ビル。彼はデザイン要素をそぎ落とし、文字盤を大きくすることで、ユニークで見やすいデザインを与えてみせた。ちなみにニューヨーク近代博物館(MOMA)には、マックス・ビルのキッチンタイマーが収蔵されている。MOMAによる評価は次の通り。「(このキッチンタイマーは)スイスとドイツ工作連盟の精神に根ざしており、デザインを通じて、完璧なフォルムと道徳的な目的を満たした理想的な例である」。生産性とデザインを高度に両立させた試みが、マックス・ビル以前に希だったと思えば、べた褒めは当然だろう。

理由は、デザインスタジオ・バウハウスの姿勢にあった。それ以前のデザイン教育と異なり、バウハウスはデザイナーたちに、工業的な教育を体系的に施した。結果、バウハウスのデザイナーたちは、生産性を考えながら、デザインできるようになったのである。そのもっとも成功した例が、マックス・ビルの腕時計だろう。

ベルトを支える4本のラグは、金型で抜きやすくするため細くされ(後には短く詰められた)、ケースをシンプルに作るため、裏蓋は可能な限り深くされた。また時間を示すインデックスも、コストのかかる別部品ではなく値段の安い印刷仕上げである。しかもマックス・ビルは、デザイン全体をシンプルにすることで、時計を安っぽく見せなかった。マックス・ビルとは、モダンで時間が見やすいだけでなく、作りやすく買いやすい時計だったわけだ。事実、マックス・ビルの価格は、その名声にもかかわらず控えめだ。クォーツモデルの値段は、税別8万9000円。マックス・ビルは、工業デザイナーとしての才能をこの時計で遺憾なく発揮したのである。

現在のマックス・ビルコレクションは、手巻きと自動巻き、そして自動巻きクロノグラフを載せたものと、そしてクォーツムーブメントを載せたもの、そしてクロックに分かれている。バリエーションが多いため選ぶのは迷うが、個人的なお勧めは手巻きモデルの『027 3702 00』だ。

JUNGHANS
Max Bill by Junghans Hand Wind 027 3702 00
価格:11万円
ユーロパッション TEL:03-5295-0411

「バウハウス最後の巨匠」こと、マックス・ビルがデザインを手がけた腕時計。初出は1962年だが、デザインはほぼ変わっていない。直径は34mmと小ぶりだが、ベゼルを細く絞った結果、文字盤の面積は拡大。またドーム状の文字盤に合わせて、分・秒針の先端を曲げたため、視認性は非常に高い。手巻き。SSケース。3気圧防水。

理由は3つある。まずは’62年発表のファーストモデルにサイズが一番近いため。また文字盤のデザインも第一作にほぼ同じで、つまりこのモデルがマックス・ビルデザインの忠実な後継者と言える。加えてこのモデルは、ゼンマイを巻き上げるローターがないため、薄くて軽く、着けやすいのである。装着感だけを言えばベストはクォーツモデルだ。しかし手巻きとあまり値段が変わらないのだから、手巻きの方がお得だろう。


▲風防と裏蓋を盛り上げて、ケースを細く見せるのは1940年代から’60年代の時計に見られるデザイン手法。そのため約8mmという薄いケースは、いっそう薄く感じられる。

もっとも弱点はある。オリジナルデザインを踏襲したため、手巻きモデルには日付表示がないのである。時計は日付表示付きがいいという人には、自動巻きかクォーツモデルをお勧めしたい。また手巻きのため、一日に一回ゼンマイを巻かないと時計は止まってしまう。毎日時計のゼンマイを巻くのは楽しいが、慣れない人には面倒だろう。またプラスチック製の風防は、気をつけないと傷がつきやすい。マックス・ビルが採用する風防には傷つきにくい加工が施されているが、最新のサファイア製風防と比較してはいけない。もっとも、傷がついたら歯磨き粉で磨けばいいだけだから、さほど心配する必要はなさそうだ。


▲手巻きのメリットが、比較的フラットなケースバック。ねじ込み式のため、防水性もまずまずだ。また飛び出したリュウズも引き出しやすい。

マックス・ビルの魅力とは、シンプルで時間が見やすいだけでなく、手の届くプライスで、ずっと使えるデザインを持つ点にある。これより高価な時計にも、いわゆる定番はある。しかし10万円という価格帯で、古びない昔のデザインを持つのは、マックス・ビルしかなさそうだ。なるほど手に取ると、レトロモダンという言葉ではくくれない、練られた製品ならではの「まとまり感」がある。この時計が、初心者だけでなく、コアな時計ファンに愛されてきたのも納得ではないか。

文/広田雅将 撮影/下城英悟(GREEN HOUSE)

広田雅将(ひろたまさゆき):1974年生まれ。時計ライター/ジャーナリストとして活動する傍ら、2016年から高級腕時計専門誌『クロノス日本版』の編集長を兼務。国内外の時計賞の審査員を務めるほか、講演も多数。時計に限らない博識さから、業界では“ハカセ”と呼ばれる。

『デジモノステーション』2017年10月号より抜粋