クルマのデジタル化が進む今こそ、原点に回帰せよ。大人が真剣に遊ぶ「Red Bull Box Cart Race」

川端由美の「CYBER CARPEDIA」

進化はネクストフェーズへと移った。これからは走りではなく、電脳化こそが自動車の未来を決める鍵となる。2020年の“自動車の常識”をモータージャーナリストの川端由美が現場から解説する。

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THIS MONTH’S CYBER CARPEDIA
Red Bull Box Cart Race

レッドブルが主催する「レッドブル・ボックスカート・レース」は、2001年にベルギーで第1回が開催されて以降、これまでに世界49カ国で110回以上開催されてきた。日本でも2度開催されており、10月22日に“Red Bull Box Cart Race Tokyo 2017”と題して、赤坂サカス周辺の坂道にて開催される。すでに参加募集は締め切られているが、50チームが選出されて、自力で疾走する姿を目のあたりできるチャンスだ。

モビリティの未来を“オフライン”で楽しむ

イギリスが2040年までに、すべての自動車が電動化することを匂わせ、フランス新大統領のマクロン氏も電動モビリティに舵を切ると宣言した。日本と並ぶ自動車大国のドイツですら、2030年までにエンジン車の販売を禁止する法案を可決した。もはや、旧来のクルマ好きにとって、モビリティの未来は悪夢でしかないのだろうか? エンジン音と排気音にロマンを感じる旧来のクルマ好きにはもう生き残る術はないのか?

いや、そんな時代だからこそ、あえて電化やデジタル化だけがモビリティの未来ではないと伝えたい。クラシックカーをサーキットで走らせたり、エンジンなしでのレースといった“オフライン”でのアクティビティを楽しむことも、モビリティの未来像に欠かせないからだ。むしろ、クルマが電化やデジタルに向かう今だからこそ、プリミティブなモビリティの楽しみを見出すことも重要だ。実際、自動車が発明される以前に主要な交通手段であった馬は、今でも、競馬や乗馬として、モビリティの楽しさを提供している。

世界のなかでも、テスラのようなモビリティ最前線が繰り広げられているカリフォルニアでは、そうしたオフラインのモビリティの楽しみも充実している。この地域の特徴として、全米の投資の半分が集まり、テスラのような電動モビリティの最先端ともいうべき企業が生まれている。同時に、全米でも有数の富裕層が住むゆえに、オフラインでのモビリティの楽しみでも、最前線を突っ走っている。

まずは、ロサンゼルス郊外で開催されたレッドブルが主催する「ボックスカート・レース」を覗いてみよう。発祥の地であるアメリカでは、“ソーブボックスレース”の名で親しまれている。元々、石鹸の空き箱=ソープボックスで丘を下る速さを競うという単純なレースで、子どもたちの間で行われている遊びである。しかし、レッドブルの手にかかると、“究極のボックスカートレース”になる。F1ドライバーとして人気のセバスチャン・ベッテルや、17歳でF1界に進出した新生マックス・フェルスタッペンも、レッドブルのボックスカート・レースに参加して、大きな話題を呼んだ。エアレースの開催でも知られるレッドブルだけに、〝大人が真剣に遊ぶ〟ことに真剣に取り組んでいるワケだ。


▲バットマンならぬ、ファットマンの登場に観客がドッと湧く。参加者の選定にあたっては、コンセプトが重視されるとのこと。また、速さを競うだけではなく、観客による人気投票や、審査員によるパフォーマンスやショーアップ精神の評価も加算される。


▲エンジンのないソープボックスカー・レースゆえに、あまりにも慎重になりすぎて速度を落としすぎても、勝利は見込めない。ゴール手前まで速度を疾走してきたエントラントの中には、勢い余ってこんな風に傾く姿も。


▲レッドブルのイベントでおなじみの光景!? 背中に背負ったクーラーボックスから、最新のレッドブル製品を配ってくれた。左側の彼女曰く、「二人組じゃないとできない仕事だから、私たちもチームワークが重要なの」とのこと。

 

“大人が真剣に遊ぶ”「ソープボックス・レース」

レースの開催は12時からだが、朝イチに起き出して、事前にコースを体験走行をさせてもらうことに。コースが設けられたのは、あの前田健太選手もプレイするドジャーズ・スタジアムの敷地だ。ロサンゼルスの高級住宅地に向かう小高い丘の上に面しており、「ソープボックス・レース」にぴったりの傾斜地である。試走に供されるソープボックスカーは、覆面レスラーの架装を施されているが、長方形のフレームを操舵して曲がるだけのシンプルな構造だ。自転車のような簡単なブレーキが付いているだけで、少々心もとない。ヘルメットを被るとはいえ、あの急な坂を下るには勇気が必要だ。クラッシュ時にショックを和らげる目的もあって、干し藁でコースの壁が築かれてはいるが、激突したら痛そうだ。


▲ゴール目前にジャンピングスポットが設けられており、あわや着地に失敗か?といったシーンも。ジャンプ台にレッドブルのコマーシャルでおなじみの「Give you wings(翼を授ける)」のロゴが書かれているのも、ご愛嬌だ。

ボディサイズの割にコースの幅が狭いが、カーブを曲がるときにビビってしまうと、速度が落ちる。エンジンがあるわけではないから、加速は自然の法則に任せるしかなく、当然、勝利が遠ざかる。想像していた以上に勇気が必要なレースと知って、今さらながら腰が引けた。が、先陣を切って試乗した勇気ある記者が、カーブを曲がりきれずに干し藁に激突し、走行不能となってしまった。筆者としては、残念というべきか、ホッとしたというべきか。

試乗した記者の勇気を褒め称えつつ、レースが始まる前にソープボックス・カーが並ぶピットを見て回る。厳しい(?)審査を通っただけのことはあって、エントリーした61チームはそれぞれに趣向が凝らされている。アメリカ人の大好きなロブスターやピザといった親しみやすい題材もあれば、’60年代にアメリカで大流行したアニメ「宇宙家族ジェットソン」になりきるという凝った趣向のチームもあれば、日本人チームによる満開の桜に囲まれた姫路城なんていう変わり種もある。


▲No.46=城?というわけではないが、姫路城を模した”Mobile Castle”は、「スキヤキ・ソング」こと、坂本九さんの「上を向いて歩こう」のテーマソングと共に登場した。スタートするや、桜吹雪とともに天守閣が崩れ落ち、軽量化と空力を向上させて、すごいスピードで走り抜けた。


▲レゴチームは大人気で、大人にも子どもにも撮影をせがまれていた。ダースベイダーやストームトルーパといったスター・ウォーズの人気キャラのレゴは冒険好きという設定で、ソープボックスだけではなく、さまざまな冒険に挑戦している。

アメリカらしく「アメリカ国歌」の斉唱に加えて、パラシュート降下によって華々しく開幕した。レースの結果には、ゴールしたタイムに加えて、クリエイティビティ、ショーマンシップといったいわゆる“芸術点”が加えられる。それもあって、スタート地点では趣向を凝らしたパフォーマンスが繰り広げられる。プロ並みのダンスや笑いを誘う寸劇に、思わず見ている方も引き込まれる。


▲男性が扮したオカマ(?)ダンサーの網タイツを履いた足が妙に色っぽい!? No.16のFrutas Y Furiosoはプロ級のダンスを披露した。地元ロサンゼルスのエンタテインメントの層の厚さを感じるワンシーンだ。

デジタルどころか、エンジンすらないソープボックスによるレースだが、大人が真剣に遊ぶことも、モビリティの将来に欠かせないムーブメントだ。


▲優勝したのは、圧倒的な速さを見せつけた「OJ&White Bronco」だった。オレンジジュースのパックに白馬が乗るという謎のコンセプトだが、はるばるケンタッキー州からの参加で、パフォーマンスも秀逸だった。2位の「Swamp Monkeys」は冒険好きが集まったフロリダのチームで、チームワークの良さが際立った。3位の「Spicy noodle」はカップヌードルにスパイシーソースを入れるというダンスパフォーマンスを披露し、拍手喝采を受けていた。

 

クラシックカーの祭典もモビリティの未来を学ぶ場

同じ週末に、サンフランシスコ郊外では全米のクルマ好きが集まる「モントレー・モーター・ウィーク」が開催されていた。有名ゴルフコースにて開催されるクラシックカーの祭典「べブルビーチ・コンクール・デレガンス」は、今年で67回目の開催となる歴史あるイベントだ。250台と限られた数のクラシックカーが、有名ゴルフコースのグリーンの上に並べることを許されて、その美しさを競う。今年、フェラーリの70周年を記念して、一人のお客様のためだけに設計して作られた特別なフェラーリが10台、ずらりと並んだ。新車でもウン千万円のフェラーリだが、ワンオフのクラシックカーなら、ウン億円、いや、ウン十億円、いやいや、値段がつけられない。

この週末にモントレーを訪れるなら、高級リゾートホテル「ペニンシュラ・クエイル・ロッジ&ゴルフリンクス」にも足を伸ばして欲しい。モータースポーツ・ギャザリングは初開催から16回目と歴史は浅いが、入場券が限定販売されるため、チケットが手に入らないことで有名だ。ペブルビーチが誰もが唸る超レアなクラシックカーの祭典なのに対して、クエイル・ロッジはクルマ好きが唸るエンスージアストのための祭典だ。

ラグジュアリーな雰囲気の中、ゆったりとクルマを鑑賞することができる。豪華なランチビュッフェが用意されており、連れ立ってきた女性たちにも好評だ。フェラーリ『250』やアストンマーティン『DB2』といった希少なクラシックカーに加えて、クルマ好きをうならせる“お宝”があった。1950年代に存在したカリフォルニアの自動車メーカー「VEDIN」製スポーツカーさえある。わずか24台が生産されたうち、全米から9台もが集まった。


クエイル・ロッジでのコンクールに勝利したのは、イタリアのレーシングカーメーカーとして名を馳せた1964年型「ATS (オートモビリ・ツーリズモ・エ・スポート)2500GT」だ。見た目の美しさだけはなく、走行できる状態を維持している。それだけに、受賞者の喜び様は筆舌に尽くしがたい。

最後にもう一つ、希少なクラシックカーを全力で走らせる「ラグナ・セカ・モータースポーツ・リユニオン」も見逃せない。デジタルや電化とは縁遠い時代のスポーツカーがずらりと並び、戦前のモデルから1991年製まで、新旧取り混ぜたクラシックカーがサーキットを疾走するのだ。


▲ラグナセカ・レースウェイの名物コーナーである”コークスクリュー”を、戦前のクラシックカーが本気で走り抜ける。急な坂道を下るコーナーで、ドライバーからは前がほとんどみえないため、まるで飛行機が切り込み飛行で急降下するかのように感じることから、その名で呼ばれている。


▲1957年に作られた老舗サーキットであり、現在は、「マツダ・レースウェイ・ラグナ・セカ」となる。ネーミングライツを有するマツダからは、ル・マン24時間耐久レースで優勝を果たした「787B」を始め、錚々たるレーシングカーが持ち込まれた。もちろん、ラグナ・セカを疾走する勇姿を目の当たりにできた。

モビリティの未来を見据えるとき、デジタルや電化から目を背けるわけにはいかない。しかし同時に、完全なる”オフライン”の世界に身をおいて、ガソリンと鉄で作られたモビリティの世界を堪能することで、単なる移動の手段だけではない、“モビリティを楽しむ”ことの本質を体感することができる。


▲北米におけるホンダのプレミアムブランドであるアキュラの副社長を務めるジョン・イケダ氏は、元デザイナーだ。アメリカではアキュラ・ブランドで販売されている「NSX」は、ホンダをベースにしつつ、ハイブリッドではなくエンジン車としてレースを戦う「GT3」のためのモデル。

川端由美(かわばたゆみ):環境ジャーナリスト。自動車の環境問題と新技術を中心に執筆するほか、海外の展示会取材も積極的に行なう。

『デジモノステーション』2017年11月号より抜粋