高級時計を知り過ぎた人がたどり着く
変態的腕時計世界=ビザールウォッチVol.5
JAQUET DROZ/チャーミング・バード 

●What’s ビザールウォッチ? 

針も読めなければ、現在時刻もわからない奇妙すぎる時計たち。変態的腕時計=ビザールウォッチ。腕時計とは「時刻を知り、また時間を計るのに使う、腕にのせる器機」である。ところが現代の高級時計の世界には、最高峰の時計技術を駆使しているにも関わらず、針も読めなければ、現在時刻もわからないという“ 奇妙な時計”が生まれている。それこそが「ビザールウォッチ」。誰もが忙しく暮らすスマートフォン時代に現れた、時間を豊かに楽しむための“ 最高の贅沢品”である。

機械式時計は、メカニズムが複雑であるほど時計の価値が高まり、価格にも直結する。しかし複雑な時計機構に遊び心を加えると、ビザール度がぐっと高まってくる。

<今月の時計>
JAQUET DROZ
チャーミング・バード

時計の中に小鳥が棲んでいる

かつて時計好きの大富豪が愛した
特殊機構が腕時計となって蘇った


そもそも、この連載のテーマである「ビザールウォッチ」が増えたのは、スマートフォンの普及によって、腕時計が“時間を見る”という役目から解放されたことにある。時間というルールから離れた時計は、より自由に進化を遂げている。端的に言えば「見せびらかすためのモノ」としての価値が、重視されるようになったのだ。

カラーリングに凝るブランドもあれば、素材やデザインで注目を集めるブランドもある。特殊なメカニズムも手段のひとつであり、数々のビザールウォッチが生まれているのだ。

しかし時計の歴史をひも解くと、過去にもビザールウォッチがたくさん作られた時代があった。18世紀中期から後期にかけてのヨーロッパ(だいたいフランス革命まで)は、まさに文化の爛熟期にあり、絵画や音楽といった芸術が発展していた時代。そこには当然、叡智の結晶であった機械式懐中時計も含まれていた。当時の王侯貴族はこぞってお抱えの時計師に贅沢な時計を作らせていたのだが、もちろんそれは実用のためではない。特にやるべきこともなく退屈を持て余す貴族たちが、現在時刻を知る必要はない。そのため作られた時計たちは、メカニズムや美的表現を楽しみつつも、他人に見せびらかすモノだったのだ。

この時代のスター時計師が、ピエール-ジャケ・ドロー。彼はからくり時計を得意とし、中でも「シングングバード」というからくり機構を好んでいた。この機構は、嗅ぎ煙草入れのような小さなボックスの中に機械仕掛けの小鳥が入っており、ふたを開けるとゼンマイ動力で小鳥がパタパタと動き、さらにフイゴと笛によって美しくさえずるというもの。その精巧なメカニズムや発想の豊かさによって、時計を機械芸術の域にまで高めたのだった。


この贅沢で優雅で、遊び心のある時計文化を継承しているのが、時計ブランドのジャケ・ドロー。「チャーミング・バード」は、かつて時計師ジャケ・ドローが得意としたシンギングバードのメカニズムを、何と小さな腕時計の中に収めてしまった。2時位置にあるプッシュボタンを押すと、時計のドーム内にいる小鳥が目覚め、くるくると回転し、羽ばたき、そして頭としっぽを動かし、くちばしを開閉させながらピヨピヨを美しくさえずるのだ。ゼンマイの力でレバー類を操作して小鳥を動かし、極小の笛を使って音を出す仕組みは、18世紀に作られた機構を継承しており、優れた時計技術と文化の蓄積の両方があって初めて実現した奇跡のような時計なのである。

高度にIT化された社会では、正確な時間というのが世界共通のルールになっている。電車もコンピューターも工業用のロボットも、全て時間を基準にして動いている。時間は社会生活を円滑に動かす基盤なのだ。

しかし時間に追われるように毎日を暮らしていくのは、とても疲れることでもある。だからこそ、ジャケ・ドロー「チャーミング・バード」のような、ある種無意味なモノに惹かれるのかもしれない。小鳥がさえずる数十秒間は、高度化した社会の中で何の役にも立たない無為な時間である。しかしそういった隙間こそが、人生における“心の余裕”につながるのではないだろうか。

小鳥が棲んでいる腕時計は、この世で最も高価なおもちゃであり、時間を忘れさせるというかけがえのない機能を持っているのである。

6時位置に大きなドーム型の風防があり、この中で小鳥がさえずる。鳥のモチーフは、世界中に生息するアオガラ。塾線の職人がエナメル装飾によって彩色しており、細部まで手が込んでいる。

JAQUET DROZ
チャーミング・バード

世界限定28本、自動巻き、サファイアクリスタルケース、ケース径47㎜。4337万円
問ジャケ・ドロー ブティック銀座●03-6254-7288
https://www.jaquet-droz.com/ja

篠田哲生が断言するビザール度!
視認性★★★★4
メカニズム★★★★★5
コンセプト★★★★★5
プライス★★★★★5

  • Text篠田哲生