日本のパソコンの始祖的存在 PC-8001とは何だったのか?

今から40年前、NECから家庭用としては初のパーソナルコンピューター『PC-8001』が発売された。70年代においてコンピューターとは、まだ大きな業務用の計算機のことを挿し、一部のマニアが基盤やケースなどを自分で買い集めて組み立てるおもちゃだった。

対して、同年5月に発表、9月に発売された『PC-8001』はキーボードと本体が一体化した構造を採用。わざわざ一から組み立てる必要がなく、誰もが利用できることが一番の特徴だった。パソコンの元祖と言われる理由はいくつかある。

そのひとつがマイクロソフトのBASICがROMに収録されていたため、手軽にプログラムが組めることだった。さらに当時のパソコンとしては非常に高性能で、それでいて16万8000円(本体のみ)と手軽に購入できたことも大きい。

発表直後から注文が殺到し1983年の販売終了までに累計25万台を売り上げたという。

『PC-8001』の登場により、NECは社内体制を変更、パソコンの本格販売を開始する。これにより日本国内でのパソコンの本格普及が始まっていくのだ。

 

来たるコンピュータ社会を見通して
生み出された1台

PC-8001本体 / 12インチ カラーディスプレイ / プリンタ PC-8021 / 拡張ユニット PC-8011 / フロッピーディスク PC-8031

[1979年]
NEC
PC-8001

実勢価格:17万5780円

79年当時に配られた『PC-8001』のカタログ。性能の高さと、豊かな拡張性、手軽にプログラミングできるのが売りだ。

 

社内に2台しか存在しない
実機をチェック!

▲NECパーソナル社内にも2台しかないという現存する『PC-8001』に触れさせて頂いた。一部配置が異なるが現在と同様のキーボードを採用。背面には豊富な拡張端子を搭載していた。

 

COLUMN
カルチャー史における70~80年代

1979年はテクノロジーやカルチャーにとってエポックメイキングな年だった。例えばソニーのウォークマンの登場。音楽を外に持ち出して聴くという新たなカルチャーが誕生した。さらには78年に発表され、80年頃までブームが続いたインベーダーゲームやルービックキューブ(80年)などもこの年だ。高度経済成長とオイルショックを超えて、安定成長期に入り、それまでにない新しい製品と価値が次々と生まれた時代だった。


時代の証人インタビュー

あの頃はコンピュータが広げてくれる新しい世界に夢中になりました。

  • すがやみつる先生漫画家。1979年より連載が開始した「ゲームセンターあらし」が大ヒット。ゲームセンターブームやマイコンブームを牽引した一人。

 

アマチュア無線から
コンピューターへ

40年前のパソコンブームとはどのようなものなのか、当時を知る証人として、『ゲームセンターあらし』でもおなじみ、漫画家のすがやみつる先生にお話を聞いた。

「秋葉原にBit-INNというNECショールームがあって、そこでマイコンキットを見ていたのが最初だと思います。当時発売されていたパソコン雑誌の多くを読んでいたので『PC-8001』のことも知っていましたよ。BASICが使いたくて待っていたんです」

そして、著書『こんにちはマイコン』を執筆するため『PC-6001』を購入。その後も『PC-9801』など多くのパソコンを購入したという。

「あの頃はパソコンでプログラムを作るのが本当に楽しくて。“あらし”の連載中だったのに寝るヒマを惜しんでパソコンを触っていました。家族が心配してパソコンを隠すぐらい夢中でした。なら仕事にしちゃえと思って企画したのが『こんにちはマイコン』というマンガなんです」

その後、すがや先生は海外のF1情報をいち早く得るためにパソコンを使うようになっていく。

「F1が好きで情報ほしさに海外のパソコンネットにアクセスしていました。海外のネットに日本で開催されたレースの速報をパソコン通信で送るといった仕事もしましたよ」

ゲームセンターあらしの連載開始も1979年。そして、すがや先生が本格的にパソコンを使い始めて約40年が経過している。パソコンは先生の仕事に大きな影響を与えてきた。

「いまはスマホやタブレットがありますが、何かを“作りたい”ならやっぱりパソコンを使わなければいけないと学生たちにもいっています。これからもNECには新しいモノが生み出せるパソコンを作り続けることを期待したいですね」

パソコンの使い方やプログラミングが学べるマンガ。現在は電子書籍で購入可能。

 

  • textコヤマタカヒロ