THE SOY SAUCE CRUET - 液だれしないのがスタンダード

日本人が愛する調味料、醤油。ひと液垂らすごとに香り立つ万能調味料は、多くの家庭料理でなくてはならない存在だ。その醤油を引き立たせるのが「醤油差し」。かつてよくみたガラス製醤油差しを、今風にデザインしてみたら。『THE 醤油差し』は現代の食卓にほどよくマッチする。


古くて新しい、食卓の新定番

THE 醤油差し
桐箱入り価格:3850円
紙箱入り価格:3240円

桐箱入りと紙箱入りがあり、後者は3,300円。ひとつひとつが青森の職人によるハンドメイドで、桐箱入りは贈答用としても重宝されている。1:「THE」と「MADE IN JAPAN」の文字は、底面で見ることができる。

 

THE 醤油差しは液垂れしない。瓶を食卓に置いたときの、あの丸い醤油の染みができない。

 

それでいて注ぎ口にくちばしのような突起がなく、栓は完全なる円形フォルムに収まっている。

 

流れるようなくびれボディは、どこか見慣れたデザインのようだが、あの醤油差しよりも高さ113mm、容量80mlと、小ぶりにできている。醤油の鮮度を落とさないうちに使い切れるよう考えられたサイズだ。素材は透明度が高いクリスタルガラス仕様。醤油の紫色が映える美しい仕上がりは、食卓の上で輝きを放つ。普段使いはもちろん、来客に出しても“おもてなしできる”逸品だ。

THE FACTORY REPORT
ハイ・スタンダードを実現した
青森県のガラス工場

雪国、青森県にあるガラス工場。平均年齢33歳。社員は総勢49名。その全員が地元出身というオール青森の会社だ。伝統工芸士が複数在籍し、技術の伝承を守りつつも新しいことにチャレンジする。そんな攻めのガラス工場が挑んだ、THE 醤油差しの誕生ヒストリーとは。

『津軽びいどろ』をご存知だろうか。青森県青森市にある北洋硝子株式会社(石塚硝子株式会社グループ)では、青森県伝統工芸品に指定されたガラス製品、津軽びいどろを手掛けている。日本の四季にこだわり、移りゆく季節の情景をガラス製品に映し出す技法は、ひとつひとつが職人によるハンドメイド。その美しさから、青森県を代表する工芸品として広く評価を得ている。まさに高い技術力を持つ確かな人材。そんなガラス製造の職人集団が手掛けているのが、次世代のハイ・スタンダード『THE 醤油差し』だ。

THE 醤油差しの開発は「液だれしないこと」から始まった。一般的に醤油差しは、使うごとに中の醤油が漏れてしまうことが多い。人々が液だれする醤油差しに慣れてしまっているから、とくに気にせず使われているが、ほとんどの醤油差しが漏れる。THEが求める液だれしないことに対し、折しも北洋硝子は親会社・石塚硝子の食器ブランド、アデリアの醤油差しを手掛けており、液だれしない醤油差しづくりには自信があったという。そこにTHEのデザインを加えてみると…思いもよらぬ、ハードチャレンジが始まった。

「デザインをみて、最初に思ったのが“作りたくない形状”でした」そう答えるのは工場長の中川洋之さん。この道30年の熟練工だ。「ガラスは丸い形状が基本です。一番使いやすいし、そもそも作りやすい。そこをTHEから『円錐形にしてくれ』と、オーダーされました」。ただでさえ難しい形状に加え、“液だれしない”という大前提がつく。それでいて、栓のデザインも既存の醤油差しとは違う新しいもの…。そこで、中川工場長は、経歴7、8年の若手職人たちに意見を委ねることにした。やるか、やらないか。正直、難しい挑戦ではある。「無理か…」と、ベテランでも悩む難題に、若い職人たちは「やります、やってみたい」と答えた。こうして、北洋硝子のTHE 醤油差しプロジェクトチームは、若手を中心に誕生した。

ガラス製品の元となる原材料。
溶解炉(窯)は1500度にも達し、職人たちは猛火のなか、製品づくりを行なっている。
吹き竿に溶かしたガラス(タネ/ガラス素地)を「るつぼ」から巻き取る職人。
型の中に、必要量のタネを切って入れる。タネの重さを感覚で測るには、確かな職人技が必要だ。
型を回転させて遠心力で整形する。

 

  • 元々は、漁業用の浮玉を製造する会社で、国内トップシェアだった。時代の流れから花瓶、食器を手掛けるようになったが、浮玉の技術は、今に生きているという(写真は中川工場長)。

 

THE 醤油差しのデザインはとてもシンプル。模様もなく、スッと流れるような流線型のボディに倒れにくい肉厚な底面。ガラスの厚さは均等に作られている。それでいて肌触りがよく、使い勝手もさることながら、テーブルに置かれたときの佇まいにも気品が漂う。それこそがTHEが求めるクオリティーであり、次世代の定番となる製品づくりの使命だった。

「THEは栓を短くしてくれと言う。スリ加工のところまで収めてくれと。なので一般的な醤油差しよりも栓が短くできています。そうすることで栓をしたときに美しく見える。THEと話していてくうちに、求めているデザインの鋭さに気づくことができました」。ただ、それを実現するためには高いハードルがあり、液垂れしない加工を提案する職人側とTHEの間で、幾度となく議論があったと、中川工場長は当時を振り返る。「作り手としては正直こっちの方がよいのでは、という提案もしました。でも、THEは『(このデザインで)いけるでしょ』と(苦笑)。そして、意地になってやりました」。

開発は困難を極め、製造工程で栓がロックできないなどのトラブル続きだった。その都度、若い職人たちがアイデアを出し合い、ハードルをひとつひとつ解決していった。そうして完成したTHE 醤油差しだが、最初は70%近い不良品率で、製品として出荷できるのは一日に50本程度だったという。利益を出すためには一日に800本もの生産数が必要で、工場としては大赤字なプロジェクトだった。だが、わずが50本でも成し遂げたことに若手チームは自信を持ち、やがてその自信は確信となり、不良品率を20%までに留めることを実現した。このとき、中川工場長は確かな手応えを感じたという。THE 醤油差しを実現した若い職人たちの技術力は他の製品づくりにも好影響を及ぼし、工場全体のスキルアップにもつながった。

中川工場長はこれまで同社製の定番醤油差しを自宅で使っていた。「今でもこれまで使ってきた醤油差しは世界一だと思っています。でも、THE 醤油差しを自宅に持ち帰って使ってみたときに、醤油の差し加減、食卓に置いたときの佇まいにハッとしました。ほどよいさりげなさと上品さは、これからのスタンダードになるべきだと」。そうして10年間使い続けた醤油差しをTHE 醤油差しに変えたという。「もちろん、これまでの醤油差しは世界一です。でもTHE 醤油差しは人に勧めたくなる理由がある。他の人にも贈りたくなる、『使ってみろよ、すごいから』と」。

全盛時には年間7万本売れたという醤油差し。今は年間1万本の生産数まで冷え込んだ。それでもTHE 醤油差しは生産数が伸びている。「良いものを作れば必ず皆が分かってくれる」。かつて、津軽びいどろを開発したときに、職人の技術力を高めて生産物の誤差を減らしたところから百貨店の発注が増えたという。時代を経てなおも成長し続ける。北洋硝子の職人プライドはこうして次世代へと引き継がれていった。

時代とともに、小さくなってきたガラス製醤油差し。
瓶状に整形されたTHE 醤油差し。型取りされた醤油差しは、徐冷炉によって熱を加えながらじっくりと冷やされ、強いガラス製品となる。
栓のカタチが均等になるよう整える。
ボディと栓が合うよう、ダイヤモンドで磨る。
ゆがみなどを厳しくチェック。
これらすべての工程が手作業。THE 醤油差しはこうして生まれている(チームの柱、小笠原さん、成田さん、根深さん)。