パパプロデュースのハワイ遊び COLUMN② 子どもの夏の自由研究にも使える ハワイの伝説&偉人を知る

「パパあれナニ?」「パパあれダレ?」にドヤ顔で答えられる、豆知識をご紹介!
独自の歴史をたどったハワイならではの、逸話の数々を自慢しながら教えちゃおう。

ハワイに残る伝説スポットで
パワーチャージ

カヴェヘヴェヘ(癒しの海)

ハレクラニホテルの前あたりの海は、病気や痛みを癒す力があると信じられており、「カヴェヘヴェヘ」とよばれている。昔は川が流れていたせいか、今でも地下水が湧き出しているのか、この周辺は淡水と海水が混ざっている汽水域で、サンゴが生息していないという不思議な場所。「カヴェヘヴェヘ」は、ハワイの言葉で(病気の)除去という意味。昔の人々は海藻で作った首飾りをかけて祈りを捧げながら海に入り、首飾りが波に流されるとその罪が許され、病気が治ると信じていたのだとか。

ヒーリングストーン(魔法石)

ワイキキビーチの交番のすぐ横にある、大きな4つの石。16世紀にタヒチからきた4人の偉大な祈祷師(カフナ)が、オアフ島の人々に癒しの技術を教えたという。そして4人が島を離れる際に、この石にそれぞれが1ヶ月以上もかけて霊力(マナ)を宿したという。もともとはワイキキから3km以上離れたカイムキ地区にあったが、一晩で8tもある4つの巨石を人力で運んだと伝わる。

モコリイ島(チャイナマンズハット)

クアロア・ランチ近くにある三角形の島。その昔、この周辺に旅人の金品を盗み命まで奪うモコリイというオオトカゲ「モオ」が住んでいたという。火の女神ペレの妹、ヒ・イアカがハワイ島からカウアイ島に旅をしていた際にモオに遭遇し、なんと退治してしまう! そしてモオの胴体で難所の切り立った尾根の崖下に道を作り、残った尾を海に投げ捨てたのが、このモコリイ島になったという。

車でアクセス

ハワイに点在する不思議な岩

  • ペレの椅子
    ワイキキから車で30分ほどのマカプウにある、火の女神ペレが座って休んだという巨大な溶岩。ペレはハワイの島々を巡る旅をしている最中に休んだのだという。
  • クラウチング・ライオン
    ワイキキから東回りでノースへ。約1時間、ライオンがしゃがみ込んだような岩が山頂にある。ハイキングコースも整備されているが、道路からでもきれいに見える。
  • ライエ・ポイント
    北部の小さな集落の住宅街にある岬の先端には、横長の不思議な岩が。中央部分だけ穴の開いた岩は、モオの退治伝説が残る、ペレの従者たちをたたえる土地だという。

 

ワイキキ周辺で出会える
偉人たちの銅像を探す

 

カメハメハ4世とアルバート王子

〈インターナショナル・マーケットプレイス内〉

アメリカの力が強くなり始めていた1854年に王位を継承したカメハメハ4世は、ハワイアンの文化を守るために奮闘。妻のエマとともに個人的に資金を集め、現在のクイーンズ・メディカル・センターの元となるクイーンズ・ホスピタルを設立。彼の近くには4歳でこの世を去ったアルバート王子の像も。ステージの反対側には妻であるエマ・ナエア・カレレオナラニ・ルークの像がある。

 

デューク・カハナモク

〈ワイキキ交番周辺〉

伝説のハワイアンサーファーのデューク・カハナモク。「パパ・ヌイ」というコアの木を使った巨大なロングボードで行う伝統的なハワイアンスタイルを愛するサーファーだったという彼は、アメリカにサーフィンを広め、サーフィンというスポーツを再評価させるきっかけを作ったという。今でも彼の名前が付いた大会が開催されているほどだ。サーファーとしてだけではなく、水泳選手としても数々のタイトルを手にした名選手だった。

 

カラカウア王

〈クヒオ通りとカラカウア通りの分岐点〉

カラカウア王はハワイ王国継続のため、1881年に世界一周の旅に出発した。その際に日本にも立ち寄り明治天皇や明治政府に、サトウキビ耕地の労働不足を補うため、日本人のハワイ移民懇請をもちかけ、約22万人がハワイに渡る。そのため「日本人移民の父」ともよばれている。

 

カイウラニ王女

〈ハイアット リージェンシー ワイキキビーチ リゾート&スパ周辺〉

ハワイ王国最後の王位継承権を与えられたカイウラニ王女。13歳の若さで女王としての教育を受けるために渡英した王女が、ハワイを離れている間にハワイ王国はアメリカに併合され終わりを告げることとなる。23年という短い生涯を遂げた王女の像は、どこか悲しそうな印象。

 

オアウアヒ王女

〈ロイヤル・ハワイアン・センター内〉

カメハメハ大王の曾孫にあたるパウアヒ王女は、ハワイアンの血を引く子どもたちの教育のため、カメハメハスクールを設立。ハワイの文化を現在まで伝えるために尽力した人だ。ダウンタウンにあるビショップ・ミュージアムは、彼女の夫が追悼のために建てたという。

 

ダウンタウンの王族たちも!

カメハメハ大王

〈イオラニ宮殿周辺〉

1810年にハワイ諸島を統一したカメハメハ大王。1878年に建立されて以来、イオラニ宮殿の向かい側からハワイ情勢を見守り続けている。6月11日のカメハメハデーには、カラフルなレイが幾重にもかけられ、今もなお絶大な人気を誇るカメハメハ大王の偉大さを感じられる。

 

リリウオカラニ女王

〈イオラニ宮殿周辺〉

ハワイ語と英語に精通しており、音楽家としても活躍したハワイ王国最後の女王。1893年に流血の事態を避けるため自ら退位した女王は、1895年にハワイ共和国への反逆の容疑を掛けられ幽閉される。その際に作られたとされる「アロハオエ」は今でも別れの歌として歌われている。