緊急事態宣言中。社長もファンも一丸となって飲食店を守りぬいた2ヶ月半

食べたい味がある。集まりたい場所がある。その店には、いつまでも、気心の知れたメンバーと楽しく通えると信じていた。なくなるかもしれないだなんて思いもしなかった。しかしコロナショックは多大なる衝撃で世界を揺らす。系列店の休業に続き、社長自らデリバリーにチャレンジする姿を見たとき、その店には「手伝うよ!」とファンが集まり、さらに多くのファンへと店の味を届けるシステムが構築された。

全国の美味な豚肉が集う場所、豚組 しゃぶ庵

豚しゃぶを中心とした豚肉料理が美味しいとあって名高い豚組 しゃぶ庵。乃木坂駅3番出口より徒歩3分、六本木駅4a出口より徒歩5分、国立新美術館横のビル2階にある。

東京港区六本木、国立新美術館の横にある豚しゃぶのお店。全国の銘柄豚を集め、ベストな調理法でもって、旨味を引き出すことに長けたレストラングループ・豚組の系列店「豚組 しゃぶ庵」がそこにあります。

オープンしたのは2007年だったでしょうか。歴史ある洋館のような雰囲気のインテリアで広間の他にいくつもの個室が用意され、大人数でも小グループでも居心地がいい。メインである豚しゃぶの味も、厳選を重ねた銘柄豚を厚切りカット。サッパリとしながらの赤身の旨味と脂身の甘さがいつまでも余韻のように残ることから、六本木界隈の食通の間で、そしてSNSで話題となりました。幾度となく全館を貸し切った100人超のパーティやイベントも多く開催されてきたお店です。

だからこそ、今回の新型コロナ禍による影響は甚大。IT系企業の多い六本木ゆえに、他の地域よりもテレワークへの舵切りがスピーディで、3月初旬から街を往く人の数が激減。歓送迎会の予約もほとんどがキャンセル。広間を擁している大型店ゆえに、客足が遠のいたときのダメージは想像以上のものがあったそうです。

ブロガー・コグレマサトさん(左)と、株式会社グレイス社長・國吉貴之さん。

そのため豚組グループを運営する株式会社グレイスの社長・國吉貴之さんは、非常事態宣言による外出自粛要請が本格化する前から東京都港区みなと保健所の指導のもと厨房を整備し、食肉販売業・そうざい製造業の許可を取得。テイクアウト&デリバリーに着手したのですが、そのバックグラウンドにはブロガーのコグレマサトさんと試行錯誤して構築した、ITの活用術があったのです。

Googleのサービスを生かしたデリバリーシステム

グレイスは西麻布 豚組(とんかつ)、六本木ヒルズ 豚組食堂(とんかつ)、大手町 壌(スタンディングバー)など7つの店を経営しており、そのなかでも豚組 しゃぶ庵がもっとも大きな店舗となる。

店を守るため、まずはテイクアウトの豚しゃぶからはじめたという國吉さん。でも店に買いにきてくれる人はほとんどいないことから、追加の人件費がかからない自分自身がドライバーとなり、デリバリーもはじめたそうです。

國吉 最初は直接の地元の友人に声をかけていきました。そこである程度自信がついたので、Facebook上で、友人限定投稿で配達先を募ったところ、1時間ちょっとでたくさんの注文をいただきまして。それだけみんな家にいて、Facebookも見ていたのでしょうね。

豚しゃぶの販売ということは生肉を販売するということ。またタレや出汁もセットに含まれるため、テイクアウト・デリバリーの前に食肉販売業・そうざい製造業の許可を取得した。

系列店でお土産としてのテイクアウトフードを作った経験はありましたが、豚しゃぶをテイクアウト・デリバリーで販売するのは初めて。そうとう勇気を振り絞ったのではと聞いてみたら

國吉 とにかく1セットでも売りたいと思っていたので、怖いとかはなかったです。しかし、いざデリバリーしたらオーダーをミスっていて商品が足りなかったんですよ。心臓が止まるかと思いましたね(笑)

最初期の受注フローは、Facebookのメッセンジャーで受付、オーダー内容を厨房に渡すためのExcelデータと自分の確認用にiPhoneのメモ帳にコピー&ペーストしていたとのこと。オーダーする方がそれぞれ独自の書き方をされていたことから、オーダー数をまとめるのも、配達コースを決めるのも大変だったといいます。

ライフスタイルブログ・ネタフルを1人で運営しているコグレさん。SNSやITサービスの活用術をまとめた著書も多数。

そこで「手伝うよ!」と声をかけたのがコグレさんです。

コグレ 國吉さんが1人でデリバリーをしているのを見て、いくら会社的にはコストがかからないとはいっても、1人であちこちを巡っていくのは大変だろう…と思ったんですよ。豚組 しゃぶ庵のデリバリーは毎週土曜日だったので、週1日くらいはそういう活動も良いな、と思いまして。電車での移動は心配もあったのですが、うちと國吉さんの家が近いため、車1台で移動するなら感染の確率も低いだろうと判断したところもあります。

ここで気がついたのは、1つのお店がデリバリーを行う上で、全体像が見えにくいというところ。GoogleマップやFacebookメッセンジャーなどのサービスを、それぞれ単発で使っている感じが気になったそうです。

Googleのサービスを使いこなしていくことで、デリバリーの回数を重ねるごとに高精度なデータベースの活用ができるように。

コグレ 何かうまく連携できないものかなと考えたんですね。配達中にそういった話を國吉さんとしていて、Googleフォームを使うことにしました。Googleフォームならお客さんが入力したデータをGoogleスプレッドシートに落とし込めるし、さらにGoogleスプレッドシートのデータをGoogleマップにマッピングできるんですよ。

國吉 Googleマップをみると配達区域を俯瞰して見ることができるので、次の行き先も見つけやすくなりましたね。

コグレ 配達先のマーカーをつないでいくと所要時間が表示されます。それによって到着時間をほぼ正しく伝えることができるようになるので、お客さんを道端でおまたせしすぎないようにもなりました(笑)

しゃぶしゃぶ用の豚肉、野菜類は、パッケージング後クーラーボックスなどに入れられて、出発をまつ。

Googleのサービスを使うだけでも、オーダー情報が一元化されたことでミスもなく作業効率も格段にアップ。そこからさらにいますぐ欲しいデータを手早く確認できるよう、UIの改善に務めました。Glide Appsによるウェブアプリ製作です。Glide AppsはGoogleスプレッドシートに記されたデータを元に動くアプリが作れるサービスで、各シートをデータベースとして扱えるんですね。

國吉 これ、感動しました。それまではオーダーをまとめたあと、紙に一覧印刷していたのですが、次のポイントで誰にどの商品を渡すかのデータをスマホでサクッと確認できるので、オーダーの読み上げと確認がしやすくなったんですよ。

日によっては車両1台で数十セットを販売してきた豚組 しゃぶ庵。さらに会社のオーナーや仲のいい友人、同業の方も自分の車に乗って集まり、デリバリーを手伝い、それぞれのネットワークで販路を広げていった。

テイクアウトの予約はLINE公式アカウントで

デリバリーのほかにテイクアウトも着手している豚組 しゃぶ庵ですが、こちらの予約受付はどのようになっているのかと聴くと、LINE公式アカウントを使っているという返答をいただきました。

國吉 TwitterのDMやFacebookメッセンジャーだと、誰かが読んでしまうと未読状態が解除されます。もし休憩中のスタッフが間違えてチェックしてしまうと、テイクアウトの予約のオーダーが厨房にとおらなくなるケースがあります。でもLINE公式アカウントだと、他のスタッフが見ても自分の未読の通知バッヂは消えませんし、メッセージに対して対応したかどうかのマークがつけられるんです。これは便利ですね。

東新宿のスパイスカレー店・サンラサーさん(右)も、業務用真空パック設備を使ってパック詰めしたカレーを、自らデリバリーしてきた人物だが、「一緒に運ぶよ」と、豚組 しゃぶ庵のデリバリーを手助けしている。

デリバリーに関しては、実行部隊が基本的に國吉さん1人。オーダーのデータを見て判断するのも國吉さんだけです。

國吉さんの友人で、お店のファンでもある方々も手伝ってはいるもの、誰もが独自にオーダーの受け付け、お店に出向いての入荷、配達まで行っています。だれもが基本的に前日までの予約受付として、間違いがないようにデータを精査する時間も確保しています。

デリバリーをお手伝いしているTさんは、別途自分でGoogleスプレッドシートとGoogleカレンダーを連携させている。愛車であるテスラは車内のディスプレイが巨大で、「Googleカレンダーの内容が大きく表示されるので便利」とのこと。

しかしテイクアウトとなると、そうはいきません。1時間後に1セット、30分後に2セットといったように、当日かつ近々な時間のオーダーも入ります。

そのためデリバリー(Googleフォーム)とテイクアウト(LINE)で受付方法を変えているとのこと。これはアリなテクニックでしょう。

ニューノーマル時代の飲食店の生存戦略

「Kuniber Eats」のロゴは、國吉さんの友人のデザイナーが製作したもの。さまざまな形の「お店を手伝いたい」という気持ちが集まった。

緊急事態宣言が解除となり、だんだんと街に人が戻ってきました。しかし新型コロナの不安がなくなったわけではありませんし、国全体としては密な接触を避けるようにとのメッセージを出し続けています。

國吉 デリバリーによって多くの人に自慢の料理を届けることはできましたが、昨年の同時期と比較したら売上は微々たるものです。六本木という特異な立地を考えると、テレワークを主体とする企業も増えていくことでしょうし、新たな生存戦略が必要になるかもしれません。それでも今回の経験は大きな武器になると考えています。

クラウドファンディング、回数券システム、グッズ販売など、店舗・飲食店企業を維持するための手法はいろいろあるでしょう。しかし今回の豚組 しゃぶ庵の取り組みは、がんばっている國吉さんを応援したい、お店を応援したいという複数の人の気持ちが、國吉さんから声をかけることなく自然と集まったものとみました。ファンとともにあったお店だからこその、力。

グレイスのスローガンを見ると、「私たちは飲食業界を改革し、飲食を通じて社会に貢献する。」とあります。「行動し、変化を楽しめ。」とも。

不安に飲み込まれるだけではなく、今の自分で何ができるのか。その立ち上がる思いがニューノーマル時代の飲食店のいちスタイルを作り上げるのでは。そう感じますね。

協力・豚組 しゃぶ庵 , ネタフル , 東新宿 サンラサー