コロナから途上国、そして世界を救うLIXILの手洗いソリューション誕生秘話

新型コロナウイルスの流行で、世界的に評価が高まったのが手洗いの習慣。一時期は、日本人はよく手を洗うから感染が少ない、などと言われてもいました。しかし世界を見れば、水道が整備されていない地域はまだ多く、5人に2人、約30億人は十分な手洗い環境がないそうです。そんな途上国の人々を新型コロナウイルスから守るために開発されたのがLIXILの『SATO Tap』。ペットボトルを使用した安価な手洗いソリューションで、感染を防ぎ、少ない水で手が洗える工夫もされています。まずは、LIXILが1億円を拠出し、インドで50万個を生産し、国連児童基金(ユニセフ)などのパートナーを通じて提供し。手洗い習慣の普及に向けて販売も行う計画です。自ら新型コロナウイルス感染した後にプロジェクトをスタートさせた開発者の石山大吾さんにインタビューしました。

ロックダウンされる中、自宅ガレージで開発

LIXILの手洗いソリューション『SATO Tap(サトータップ)』途上国でも容易に入手できるペットボトルに水を入れて装着。シーソーのようなレバーを腕や肘で操作することで、手の汚れが再び手に付くことを防いでいる。最終小売価格は一台3ドルから6ドルを想定。2020年9月よりインドで製造が開始される。

SATO Tapの開発者、石山大吾さんは、アメリカのニュージャージー州在住。2000年に渡米し、アメリカの大学院を卒業(機械工学修士)、後にLIXILグループとなるアメリカンスタンダード社に就職。途上国に衛生的なトイレを普及させるSATO事業部の立ち上げのメンバーのひとりです。

ーーSATOは、セーフ・トイレット(Safe Toilet)の略ですが、日本人の名前っぽくもあります。

「そうですよね。僕も当時、佐藤は日本人に多いファミリーネームだとと伝えたんですが、最初に展開したのはバングラデシュだし問題ないだろうと。しかも、トイレの名称はSATO Pan(サトーパン)なので、ちょっとおかしいなと思っていました」

ーー砂糖パン(笑)。ところで、新型コロナに感染されている時に、SATO Tapを思いつかれたというのは本当ですか。

「はい。症状が出たのは3月の末。アメリカでも感染者が急増し、大変なことが起き始めたぞという時期でした。熱が出て、味覚がなくなり、関節や筋肉が痛くなりました。お医者さんからは症状が軽いと言われて、実際に検査して陽性反応が出たのは4月の頭です」

ーーその間は家にいた。

「人との接触を避けるよう言われていたので、自分を部屋に閉じ込めて暮らしていました。わが家には6歳になる息子がいます。当時は子供は罹らないと聞いていたんですがやはり心配で、自分が触ったところを殺菌して暮らしていました。メンタル面のストレスが大きかったですね。

その時期にはアメリカでも手洗いの有効性やソーシャルディスタンスが盛んに言われ始めていました。世界中にいるSATOのチームメンバーとも連絡を取り合っていたのですが、そこで各国のNGOからの情報として、手洗いがしたくてもできない現状があることがわかりました」

ーーユニセフによると世界の約4割の人には、十分な手洗い環境がないそうですが、そもそも手を洗うという意識はあるんでしょうか?

「手洗いをしなくてはいけないという認識はありますし、コロナウイルスでさらにそういう認識は高まってきた。ただ、やりたくてもできない人たちがたくさんいるという状況です。何かしなくてはいけないと思ったのですが、熱もありましたし頭もぼーっとしていたので、まずは自分が健康に戻ることに専念しました。そして、4月の2週目には症状がなくなってきたので、手洗い器を作るために、今ある手洗いのソリューションを調べ始めました」

ーーそれはご自宅で?

「ええ。この時期ぐらいからアメリカではロックダウンが実施され、家にいなくてはいけなかったので。あれこれ考える中、大きなヒントになったのはお風呂で息子が遊んでいたおもちゃでした。

毎晩息子をお風呂に入れるのは僕の仕事だったのですが、そこで息子が遊んでいたおもちゃ、というか砂遊びで使うコップですね。底に穴が開いていて、砂を入れると下から砂が落ちるコップなんですけど。息子がそれで水を汲んで遊んでいた。それを見て、このチョロチョロ出てくる感じをコントロールできたら解決できるなと思いました」

ーーお風呂でひらめくというのがアルキメデスっぽい!

「早速その週末に最初のプロトタイプを作りました。紙コップにストローをつけただけのものですが、そこにペットボトルを入れて、水の出方を確かめました」

ーー節水というポイントが重要なのですね。

「ええ。水は生活に必要不可欠なものなので飲料や調理に使ったりもする。トイレや手洗いの水は、なるべく節水できるといい。何も考えなくても節水できる装置ができたらいいなと。

さらにホームデポで材料買ってきて、自分のガレージでノコギリとかドリルを使い、2つほど試作。4つ目ぐらいからは、家では作れない形になってきたので、長年お世話になっている近くの3 Dプリンターの業者さんにお願いしました。そこから改良していき、最終型ができたのは5月の終わりです」

SATO事業部で製品開発とマーケティングを担当している石山大吾氏。手に持っているのは、紙コップとストローで作成した最初の試作モデル。
SATO Tapは2つのパーツから構成されている。この半透明のモデルは3Dプリンターで作成した試作モデル。
レバーを兼ねた蛇口部分を本体にパチッとはめ込む。ネジや工具などを必要としないことも特徴。
水を入れたペットボトルを装着する。この時、本体が水を受けるので漏れない。

ーーそうして作られたのが、この試作モデル。使い方を説明してください。

「ノズルの片方に穴が開いていて、そちらが下になると水が出ます。上に上げると水が止まる仕組み」

ーーウォーターサーバーに付いているような蛇口じゃダメなんですか?

「レバーを手で触ってしまうと、菌・ウイルスがまた手についてしまう。センサー式の蛇口のように、直接手で触らない方が衛生的ですから、同じような発想で考えました。これなら腕や肘で操作できます」

ーーレバーが大きめなのは、そういう理由からなんですね。

「もうひとつ、簡単に作れることも非常に重要です。複雑にするとコストも上がってしまうので。SATO Tapの小売価格は3〜6ドルを想定しています」

ーー日本円で数百円。実際には、どういった場所に設置されるのでしょう?

「調理をする場所やトイレ、家の入り口の近くを想定しています。外だと雨の日に行きたくなかったり、盗まれたり壊れたりする可能性がありますし、なるべくコンパクトな形にして、天井から吊せるようにするなど、家の中で置きやすいよう設計しました」

ーーこの9月以降、インドから展開していくそうですが。

「当初は弊社が1億円拠出し、50万個分はドネーション(寄贈)という形になります。現在、石けん業界とミーティングをしていますが、さらに企業と連携して数を増やしていくつもりです」

ーー石けんとセットで配布すれば、ユーザーは次からその石けんを買ってくれる。プリンターとインクの関係ですね。インドだと水は井戸や川から汲んでくるのでしょうか?

「その通りです。また、雨水を溜めて使うこともある。多くの途上国では、飲み水になるほど綺麗な水はなくても、手洗いができるぐらいの水は確保できます。ペットボトルに入れて日光に当てておくとある程度の菌が死ぬこともありますし、石鹸を使えばそれほどきれいな水でなくても手はキレイになる」

ーーペットボトルであれば、何本かまとめて貯めておけますね。

「そうすることで毎日水を汲みに行かなくてもよくなります。ひとことにペットボトルといっても世界にはさまざまな形のものが無数に存在します。インドやアフリカにいるチームメンバーに、どんな形状のペットボトルがあるかを調べてもらい、ほとんどすべてのペットボトルで使えるように入り口の形状を設計しています」

ーーSATO Tapで途上国に手洗い習慣は根付きそうでしょうか?

「手洗いの重要性は以前からユニセフやWHOが指摘してきましたが、なかなか根付いてこなかったのが現状です。ただ、コロナウイルスによって意識は高まっていますし、各国の政府も強く指導するようになった。コロナに限らず、手洗いは非常に安価な感染症対策のひとつであることに違いはありません。SATO Tapはコロナを機に作りましたが、次にまたこのようなウイルスが発生するかもしれませんし、ウイルス対策は自分の国だけ大丈夫なら安全というわけではない。世界規模でやらなければ、またぶり返してしまう。地球全体で対処する必要がありますので、そういう意味でもなるべく早く多くの人々に届けたいと考えています」

SATO Tapを使ってみた

①レバーを押すと水が出る。
②手を濡らし、備え付けの石けんで手をこする。石けんを使っている間は水を止めておける。
③再び水を出して手をすすぐ。石けんの種類にもよるだろうが、出る水の量の割にはしっかりとすすげる。関係ないけど、通ってるジムの手洗い場はセンサー式なんですが、節水で厳しめに設定されているのか、1秒ぐらいで水が止まるんですよ。何度もセンサーを感知させなければならず、ちょっとイライラするんですが、あれよりはSATO Tapの方がストレスはありません。
穴は1つで径は約3mm。石山さん曰く、「複数の穴があると水が飛び散って効率的に手をすすげない」とのこと。

途上国向けの簡易トイレシステム「SATO」

最初に開発された『SATO101』。排泄した後に水を流すと、その重みでカウンターウエイト式の弁が開き、下に落ちる。そして自動的に閉まり、わずかな水が残ることで封水の役割を果たし、悪臭が防げる仕組み。水洗トイレに比べて80%以上の節水になることも、水資源の不足する途上国に向いている。

SATO2013年に途上国向けの簡易式トイレを提供するために開発されました。世界では約4人に1人、20億人が安全で衛生的なトイレのない環境で暮らしており、1日あたり800人を超える子どもが衛生問題に起因する下痢性疾患で亡くなっているそうです。また6.7億人は日常的に屋外で排泄をしており、女性や子供はいやがらせや暴行の被害の被害にさらされています。

現在では、インドやアフリカ諸国、南米を中心に38カ国以上、1800万人超がSATOのトイレを利用しています。また、SATOのプロジェクトは、継続的にトイレ環境を改善していくために、現地で生産から設置ができるようにすることで仕事を生み出しているそうです。

SATO Panに置き換えられたブータンのトイレ。
サハラ砂漠以南のアフリカ農村向けに作られた『SATO203』は、座って用を足すモデル。横のワイヤーを引っ張るとフラップドアが開き排せつ物や紙が下に落ちる仕組み。
座るタイプは足腰が弱い人でも使いやすいことが利点。日本人でも洋式便器の方が落ち着く。
SATOのトイレの設置は、女性たちが行うケースが多いという。女性の自立にも一役買っているのだ(写真はケニアで、SATOの仕組みを地域の人たちに説明しているところ)。