高級車としても破格の美しさ。レクサス『LS500』の切子細工に込められた、職人のこだわりとメーカーの熱意

前回の記事で、「レクサス」は匠の技と和の意匠を活かすことで独自の魅力を作り上げてきたことをご紹介した。そんなレクサスの中でも、他社のクルマではまず真似できないデザインといえるのが、『LS500』のドアトリム部分にハンドプリーツとともに装着された切子調カットガラスだ。

細工の美しさもさることながら、安全性の面で「割れ」や「飛散」の危険性を伴うガラス素材を、ドライバーの腕に近い場所に採用できたことも驚かされる。カーインテリア装飾部品としてガラス、それも工芸品を用いるという前代未聞の試みは、レクサスだけでなく、ガラス作家の中村敏康さん、そして大手ガラスメーカーAGCの協力があって実現したもの。

職人技を工業製品に落とし込む、そんな「マスプロダクトの限界」に挑んだ男たちに話を聞いた。

手探りだったからこそ膨らんだ「職人の想像力」

そもそも「切子」とは、ガラスの表面をカットしてさまざまな模様を施す精巧なガラス細工のこと。主にグラスやお皿などの食器類などに使われており、工芸品として目にすることが多い。

こうした器に切子ならではの美しさをもたらしているのが、見る方向によって表情を変える輝きだ。卓に置いた時、手に取った時、口元に運んだ時と、シーンによって千変万化する器のきらめきが、使う者の目を楽しませてくれる。

しかしそんな切子細工を施したガラスの輝きも、ドアトリムに固定されたパーツ上で美しさを発揮させるには、一筋縄ではいかない苦労があった。ドア開閉時に横方向の動きはあるものの、ガルウイングでもない限りは縦への動きは皆無。ドアの開閉や窓から入り込む光の加減だけで、切子細工ならではの多様性ある輝きを実現できないか。

この難問に挑んだのが、福岡県糸島市に工房を持つガラス作家の中村敏康さん。花切子やエングレービングといった伝統的な模様に、版画や浮世絵のような自由度の高い表現を取り込んだ作風を持ち味とする、気鋭の職人だ。

プロジェクトが始まったのは2014年の夏。当初レクサスから要望されたのは、「プリズムによって生まれる虹色のような輝きを表現」することだったという。それもドアトリムに収まるもので、大まかなガラスの形状こそ指定されていたものの、具体的なデザインについては守秘義務の観点から一切明かされない。まさに手探りでのスタートだった。

中村さんはデザインパターンを毎回5つずつ出し、そのうち3つは方向性が近いもの、残り2つは挑戦的なものにすることで、予想外の判断材料も引き出しながら、よりよいデザインの方向性をレクサス側と詰めていった。そんなやりとりは、およそ1年半にも及んだという。

「ドアの形どころか色もわからず、ただ元になるガラス板が手元にあるだけ。やはりデザインには機能性や全体の調和が大切なので、想像力に頼るしかない状況はつらかったですね。とはいえ、“いいものができればよい”と、切子のデザインは全面的に任せてもらえたので、自分なりの考えを形にできて、作家冥利につきる仕事でした」と中村さんは当時を振り返る。

固定されたパーツでも光の変化を演出

動きが制限されるドアで虹のような輝きを実現させる、という難問の解決策は、中村さんが蓄積してきた長年のガラス職人経験からある程度イメージできていた。それは細工をとにかく細かくしていくことだ。ただ、今回はいつもの作品作りと違い、一点ものではなく、量産を前提とした原盤づくり。後々の生産性もある程度は考慮しなければならない。

そこで中村さんはなるべく模様が微細になりすぎないようにしつつ、一本のラインでも位置によって堀幅を変えたり、ひねりをくわえることで、ちょっとした角度の変化で切子細工の表情が変わるように工夫した。

同じように見えても一つとして同じ角度のラインは存在しないというから、中村さんのこだわりようがうかがい知れる。それでも完成品サンプルができた時点では、どのような見栄えになるかは中村さんにもはっきりとは想像がつかなかったという。

中村さんが自分の仕事の確かさを感じられたのは、初めて試乗したときだ。

「ドアを開いて乗り込むときからキラキラと輝いていて、自然光の明るさや当たり方が変わるだけでも十分表情が変わる。とはいえ主張が強すぎるわけでもなく、さりげない。身構えずに感じられる美しさに、私自身も『おっ』と驚いてしまったくらいです」と満足そうな笑みを浮かべていた。

新しい表現を追い続けた「ガラスメーカーの熱意」

実際の製品化を担当したのは、世界最大手のガラスメーカーAGCだ。自動車用ガラスでは多くのノウハウを持ち、近年ではメーターやセンターコンソールなどに使われるディスプレイ用ガラスを開発するなど、ガラスの持つ新しい可能性に挑戦を続けている。

実は近年では、車載ディスプレイのタッチパネル化によって、クルマの内装にガラスを取り入れることは珍しくなくなってきており、こうした流れのなかで生まれた「クルマの内装として安全に使える強くて割れにくい強化ガラス」があったからこそ、今回のプロジェクトは始動することができたといっても過言ではない。

とはいえ、切子のように複雑な細工ともなると、AGCといえど新しい試み。中村さんのデザインを寸分たがわず製品化するために3Dスキャンによって、微細な部分までデジタルデータ化し、成形型を作成した。

しかし、再現しなければならないのは職人の手によりカットされたラインが持つ“手作業ならではの揺らぎや捻れ”だ。

いくら中村さんが考慮したとはいえ、そのままでは型抜き性が悪くなるなど、生産性の高い成形型の制作は難しい。メーカーとしては生産性を優先したいが、やりすぎると中村さんらしい風合いが消えてしまう。そこで、スキャン後の3Dデータのラインは担当者が細部を手作業で一本一本調整していったいう。面も線も数が膨大で、途方にくれるような作業量だった。

最終的に1台分、全4枚のガラスを製造するのに、総数でおよそ1万ほど、1枚あたり数千もの面で構成することになったという。

型ができても、ガラスを成形しただけでは本来の輝きは得られない。ここで研削・研磨といった仕上げの工程が重要になってくる。手作業でひとつひとつ行うこともできるが、それではコストが増大するだけだし、かといってこれまでの生産ラインでは対応が難しい。そこでAGCは、切子ガラス専用の加工ラインを増設。新しいガラス表現に挑戦するための投資は惜しまなかったという。

「ガラスは歴史を紐解けば4000年も前からあり、身近なものといっていいでしょう。ですから、どう新しく見せるかということは常に意識しています。今回の切子はそうした私たちの思いと合致するもので、非常によい経験になりました」と、プロジェクトをけん引した一人、AGCのシニアマネージャー小川政信さんは語る。

そうした数々の困難を経て切子調カットガラスはLS500のドアトリムで輝きを放っている。実際、手に取ってみるととても機械で量産されたものとは思えないくらいに精巧な作りだ。職人のこだわりとそれを再現したメーカーの熱意。そんな数々の思いがこんな小さな部品にまで込められていると知れば、レクサスへの憧れがますます加速していくはずだ。

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