ケニー・ロバーツ降臨! ヤマハ歴史車輌デモ走行見学会【レーシングマシン編/動画5本】

ヤマハといえば、レースの世界で数々の栄光を勝ち取ってきたメーカー。特に1978年から3年連続で世界GPのチャンピオンを獲得したケニー・ロバーツとの活躍はバイク乗りにとってはもはや伝説となっている。先日、同社の袋井テストコースで行なわれた「ヤマハ歴史車輌デモ走行見学会2018」にも登場し、ライディングを披露したケニー・ロバーツの写真や動画とともに、ヤマハの歴史的レーシングマシンを見ていこう。

ヤマハのテストコースをワークスマシンで爆走

ヤマハが磐田の「コミュニケーションプラザ」に所蔵する歴史的な名車の走行シーンを目の当たりにできるのが「ヤマハ歴史車輌デモ走行見学会」。1500名に限定した入場チケットがわずか20分で完売したという、超人気イベントだ。しかも当日にはヤマハと関係の深いレジェンドライダー、“キング”と呼ばれたケニー・ロバーツがサプライズで登場する、なんとも豪華な内容となった。

GP500マシンのレプリカ『RZV500R』に乗って登場したケニー。いきなりの全開走行で観客の度肝を抜いた。
歴史に残るワークスマシン『YZR750』を前に、当時を知るメカニックたちとトークショーを展開。

トークショーでは記憶に残っているレーシングマシンのベストとワーストを問われ、「ベストは1985年の『YZR500』(型式は0W81)」と回答。ワーストについては「いっぱいあったよ」と答えて笑いを誘っていた。そして待望のレーシングマシンでのデモ走行に。まず跨ったのは、1978年式の『YZR750』。2ストロークの並列4気筒750ccというモンスターマシンだが、こともなげに全開にしてレーシングサウンドを響かせて走って行った。

”インターカラー”と呼ばれたイエローにストロボラインの入ったカラーリングがカッコいい。革ツナギもしっかりコーディネート。

並列4気筒の2ストロークサウンドは聞いているだけでもシビれる。排気量が大きいため、低回転は意外なほど乗りやすいというが、高回転のパワーは化物のようだとか。

その高回転域をフルに使ってストレートを駆け抜けるケニー。67歳とは思えないライディングだ。

続いて跨ったのは、1983年式のGP500マシン『YZR500』(0W70)。ホンダの『NS500』に乗るフレディ・スペンサーと最終戦まで熾烈なチャンピオン争いを展開したマシンだ。エンジンはV型500ccの2ストローク。

始動性が良くなかったというこのマシン。当時のレースは押しがけスタートだったため、それで遅れを取ることもあったとか。この日はスターターを使って始動。

コースへ駆け出していくケニー。GP500マシンを1周目から全開にできるのはさすがと言う他ない。

観客の見守るストレートではウィリーも披露してくれた。現役時代はらウィリーを得意としていたケニーらしい。

走行後は観客とともに集合写真にも収まっていた。サインなどを求めるファンにも気軽に応じていた。

ケニーと共に闘ったワークスマシン

ここからは、この日展示されていたレーシングマシンを見て行こう。ケニーの駆ったワークスマシンから、浅間火山レースやマン島TTレースを闘ったマシン、そして市販レーサーまで、レースで名を上げてきたヤマハらしいマシンが並んでいた。その中から、まずはケニーと関係の深いマシンを。

デモ走行を行った『YZR750』。パイプフレームに前後18インチホイールを装着する。
ブレーキはロッキードの2ポッドキャリパーをダブルで装備。
こちらは1984年のデイトナ200で優勝を飾った『YZR700』(0W69)。700ccのスクエア4という2ストエンジンを搭載する。
4本出しの排気口が4気筒の証。タンクにブリーダーが装備されているなど、長距離レース用のマシンらしいディテール。
デモ走行にも登場した1983年式の『YZR500』(0W70)。フレディ・スペンサーとわずか2ポイント差という激戦を繰り広げた。
アルミ製デルタボックスフレームにV型4気筒エンジンを搭載。前輪は17インチ、後輪は18インチという設計を採用する。
1985年の鈴鹿8時間耐久レースで平忠彦とともに走らせた『FZR750』(0W74)。「テック21」カラーが記憶に残っている人も多いはず。
耐久レース用マシンらしく2口の給油口を装備する。レースは優勝目前の残り32分でリタイヤという劇的な内容で、その後の8耐ブームのきっかけとなった。

歴史に残る珠玉のレーシングマシンも

この日は、普段は磐田にあるコミュニケーションプラザに所蔵されている歴史的なレーシングマシンの数々も展示されていた。普段はなかなか目にすることのできない、ヤマハの歴史を作ってきたマシンを紹介しよう。

世界GPではエディ・ローソンとクリスチャン・サロンが走らせた1985年式の『YZR500』(0W81)。全日本選手権では平忠彦が3連覇を達成したマシンだ。
エンジンはV型4気筒で、2本のクランクを互いに逆方向に回転させることでジャイロを打ち消す独自の機構を採用。
1988年式の『YZF750』(0WA0)。市販モデル『FZR750』をベースとした5バルブ4気筒の4ストマシンで、8耐ではウェイン・レイニー/ケビン・マギーが優勝を飾る。
1968年式の『RD05A』。250ccだが、この時代から2ストロークの水冷V型4気筒エンジンを搭載していたことに驚かされる。
こちらはGP125で活躍した1966年式の『RA97』。2ストロークの水冷2気筒で、32PSを発揮する。
125ccマシンらしいスリムなシルエットがそそられる。1965年にはマン島TTレースでも初優勝を飾っている。
1959年式『YDS1 Asama Spec』。ヤマハの名を高めた浅間火山レースの第3回に出場したマシンで、大型燃料タンクなどを装着したクラブマンレーサーだ。

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